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武則天

武則天

中国史で唯一の女帝。中国三大悪女のひとりに数えられ、多くの皇族や重臣を粛清した。しかし権力を得ると優秀な人材を次々と抜擢し、改革を好む聡明な人物だったとされる。

シヴィライゼーションVで登場。稀代の美女とされる武則天だが、ゲームではのっぺりとした顔をしている。いちおう美人扱いはされているらしい。

登場作品

  • シヴィライゼーションV

武則天

武則天(ぶそくてん)、あるいは則天武后(そくてんぶこう)と呼ばれる。彼女は自分のことを「聖神皇帝」と呼ばせていて、退位した後は「則天大聖皇帝」、死後は「則天皇后」とか呼ばれるようになった。姓は「武」だったので、一般には「武則天」と呼ばれる。

聡明かつ美人だった武則天は唐の太宗(李世民)の後宮に入り、その子である高宗に愛された。高宗が皇帝になると武則天は皇后になり、前の皇后ふたりに罪を着せて処刑した。

そんな経緯で皇后になったので貴族に嫌われていた武則天は、積極的に身分の低い者を登用し、親族と協力して政治の主導権を握った。白村江の戦いで百済・日本連合軍を破り、高句麗を滅ぼした。

高宗が病気を患ったこともあり、武則天は完全に実権を握った。高宗の権力奪還計画も阻止した。高宗が亡くなると子を皇帝にして好き勝手に政治を行った。反乱を起こす者が相次いだが、すべてが鎮圧された。ついに武則天は自ら皇帝になり、国号も唐から周に変えた。

武則天は新しいものが好きで、「皇帝」を「天皇」という名前に変えたり、「洛陽」を「神都」という名前に変えたりした。そしてスパイ網を張り巡らし密告させることで権力は盤石だった。意外にも武則天は有能な人物を登用して意見も聞いたので、周の時代は割と安定した時代だった。

晩年は病気がちになり皇帝を退位させられ、周も唐に戻された。ただし「則天大聖皇帝」という名前が与えられ太后の地位は保持し、まもなく死去した。