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北条時宗 1251年~1284年

北条時宗

 鎌倉幕府の執権。軍を二度に渡って撃退した英雄。

 高麗を服属させ、さらに日本への侵攻を企てていた。元と高麗の連合軍は、対馬と壱岐に上陸して住民を虐殺。三万ほどの軍勢で博多に上陸した(文永の役)。元軍の集団戦法を前に日本軍は太宰府まで後退を余儀なくされたが、個人戦法を得意とする日本軍は夜に反撃を仕掛けた。元軍は侵攻を断念して撤退する。

 時宗は博多湾に石垣を築き、高麗を討伐するべく準備を進めた。

 南宋を滅ぼした元は、その軍勢を日本に差し向け再び侵攻してきた(弘安の役)。元と高麗の連合軍は四万の軍勢で対馬と壱岐を襲い、南宋方面の兵を待った。合流して十四万の大軍勢となった元軍は平戸沖に停泊して日本が屈服するのを待っていたが、幕府からの返事はなかった。そこへ台風が直撃し、船団は壊滅した。

 時宗はさらなる元の攻撃に備えたが、34歳の若さで病死した。

日本の指導者

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