世界史Civ事典

アショーカ王 前268年~前232年

 マウリヤ朝最盛期の王。南端を除くインドの大部分を統一した。ダルマ(仏法)に基づく政治を行うことを宣言し、民衆の生活安定を図った。

評価

戦争
南方のカリンガ国を征服し、マウリヤ朝は南端部を除く全インドを支配する大帝国となった。
外交
西部地域で起きた内乱を軍を使わずに収めた。
内政
カリンガ戦争以降は仏教に基づく政治を目指し、全土に仏塔を建設した。各地を巡察して回り、人々に敬愛されたという。

Civの性格

 同じくインドの指導者ガンジーと並んで温和な性格。

Civ4
神秘志向、組織志向

逸話

  • 仏教の伝説では99人の兄弟を殺し、大臣500人を誅殺したとされる。
  • 同じく伝説では、カリンガ戦の惨状を見て心を入れ替え、仏教を深く信仰するようになった。
  • 仏教だけでなく、他の宗教も保護した。

詳細

 マウリヤ朝の第3代の王。

 父のビンドゥサーラと不仲だったために軍も武器も与えられずに反乱鎮圧を命じられたが、人々の尊敬を得て反乱を収めたとされる。

 ビンドゥサーラが倒れると、アショーカは首都パータリプトラに進軍し、長男のスシーマをはじめ兄弟の多くを殺して王位を手に入れる。なお、初期の統治についてはほとんど記録がない。

 インド東岸のカリンガ国に遠征し、激戦の末征服した。このとき多くの人々が殺され、住処を失ったためアショーカは深く後悔し、ダルマ(仏法)による政治を目指すようになる。

 各地に仏塔を建て、法の政治が実行されているか確認するため巡察を行った。人々に礼儀正しく、年長を敬い、奴隷や貧民を大切に扱い、不殺生を行わないように説いた。また、仏教だけでなく他の宗教も保護した。

 晩年は記録が残っておらず、失脚して幽閉されたという話もある。