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アパダーナ

アパダーナ
ペルセポリスのアパダーナ

 古代ペルシア帝国の首都ペルセポリスに存在した謁見の間をアパダーナという。ダレイオス1世によって建設された。

 ペルセポリスの入り口にはクセルクセス1世が建設した巨大な「万国の門」があり、門を通過すると宮殿群が立ち並んでいた。アパダーナは謁見や新年の祭儀が行われる場所だった。

 アパダーナは高さ19メートルの柱36本が屋根を支えていた。現在はそのうちの12本が残っている。また、東側には多数のレリーフが刻まれた階段が残されている。

ペルセポリスの宮殿群

 ペルセポリスの宮殿群はダレイオス1世の建設に始まり、六十年間建設が続けられたが未完成に終わっている。アパダーナのほかにダレイオス宮殿、クセルクセス宮殿、四十の尖塔などの巨大な建築物が残されている。

 ペルセポリスは新年の祝いや祝典の儀式を行う都市として使われていたが、紀元前330年にアレクサンドロス大王のギリシア軍に破壊され、廃墟となった。

 ペルセポリスの遺跡は、中東三大遺跡に数えられている。

シヴィライゼーションにおけるアパダーナ

 シヴィライゼーション6で初めて登場した。首都の隣接地にしか立てられないが、シヴィ6のペルシアの首都はパサルガダエであり、ペルセポリスの名は登場しない。

 ペルシアの首都は長らくペルセポリスとなっていたが、シヴィ6で初めてパサルガダエに移った。

 ペルシア帝国の建国者キュロス2世は都市パサルガダエを建設し、首都としている。ペルセポリスが建設されたのはそれよりも後の、ダレイオス1世の時代である。

 ちなみに古代ペルシア帝国では王は特定の都市に定住しておらず、パサルガダエペルセポリススーサバビロンなどを移動していた。従ってどこが首都なのかは決まっていないが、行政府が置かれていたのはスーサである。

 シヴィ6ではなぜかペルセポリスと比べて無名なアパダーナが選ばれたわけだが、ペルセポリスは歴代シヴィライゼーションでずっとペルシアの首都だったことが理由だろうか。

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