世界史Civ事典

オスマン

オスマン文明
イスタンブールのトプカプ宮殿

指導者

指導者 Civ1 Civ2 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 年代
オスマン1世 - - - -   1258~1326年
メフメト2世 - - - -   1432~1481年
スレイマン1世 - - -   1494~1566年

主要都市

  1. イスタンブール
  2. エディルネ
  3. ブルサ
  4. アンカラ
  5. コンヤ
  6. サムスン
  7. ガジーアンテップ

好みの社会制度・宗教

  • 主従制、世襲統治
  • イスラム教

世界遺産

世界遺産 Civ1 Civ2 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 所在都市名
ハギア・ソフィア大聖堂 - - -   イスタンブール

自然遺産

  • なし

ユニークユニット

ユニークユニット Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 相当ユニット
スィパーヒー   -   槍騎兵
イェニチェリ     マスケット兵

ユニーク建造物

ユニーク建築物 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 相当建築物
ハマム   -   水道橋

オスマンの歴史と文化

 オスマンはトルコ系の遊牧民だったとされる。新天地を求めて小アジアへ移動し、バルカン半島のエディルネ(アドリアノープル)を占領して本拠地にした。やがてコンスタンティノープルを占領してビザンチン帝国を滅ぼし、都市を整備してイスタンブールに改称し首都とした。

 最強の軍団といわれたイェニチェリを率いて領土を拡張し、シリアやエジプトを占領。スレイマン1世の時代に帝国の領土は最大となり、ウィーンを包囲した。オスマン帝国は宗教に寛容で、東方正教会はイスタンブールに残り、西洋で迫害されたユダヤ人を受け入れた。オスマン帝国はイスラム圏の盟主となり、首都イスタンブールは世界最大の都市として繁栄した。

 やがてオスマン帝国はふたたびウィーンを包囲するが敗北し、ハンガリーやギリシャ南部を割譲。さらにロシアの攻撃を受けて黒海北岸を失った。さらにナポレオンの攻撃を受けてエジプトを失い、国内の近代化も進まず、「欧州の瀕死の病人」といわれるようになった。

 ロシアとのクリミア戦争にはイギリス・フランスの援護で勝利を収めたものの、ふたたびロシアと争いルーマニアとブルガリアを失った。国内では独立運動が巻き起こり、バルカン半島の大部分を失った。当時のバルカン半島は「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれた。

 第一次世界大戦ではドイツ・オーストリア側に立って参戦したものの敗北。トルコ共和国が誕生し、オスマン帝国は滅亡した。