世界史Civ事典

ビザンチン

ビザンチン文明
ハギア・ソフィア大聖堂 ©Hiro-o

文明特性

コンスタンティノープルの大司教
聖アンドレアスが創設したコンスタンディヌーポリ総主教庁は、東方正教会の首長としてローマ教会とキリスト教の地位を争った。

指導者

指導者 Civ1 Civ2 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 年代
ユスティニアヌス1世 - - - -   483~565年
テオドラ - - -   500~548年

主要都市

  1. コンスタンティノープル
  2. アドリアノープル
  3. ニケーア
  4. アンティオキア
  5. ヴァルナ
  6. トレビゾンド
  7. ニコメディア

好みの社会制度

  • 神権政治(ユスティニアヌス1世)

好みの宗教

世界遺産

世界遺産 Civ1 Civ2 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 所在都市名
ハギア・ソフィア大聖堂 - - -   コンスタンティノープル

自然遺産

  • なし

特殊ユニット

特殊ユニット Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 相当ユニット
ドロモン        
カタフラクト      

特殊建造物

特殊建築物 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 相当建築物
ヒッポドローム(馬術競技場) - -   劇場

ビザンチン帝国の歴史と文化

 広大な領土を要するローマ帝国は、ゲルマン民族の侵入に備えるため、領土を東西に分割して統治した。コンスタンティヌス1世は首都をローマからビザンチウムに移し、新しい都の名前をコンスタンティノープルとした。

 すでに帝国の中心は東側に移っており、特に穀倉地帯であるエジプトの領有が最も重要だった。イタリア半島やガリアの貴族や軍人もコンスタンティノープルに移り住んだため、西ローマ帝国は弱体化し、滅亡する。

 コンスタンティノープルに遷都して以降のローマ帝国はギリシャや東方の文化と融合して、古代ローマ帝国とは大きく異なるようになった。そのため、世界史では古代ローマ帝国と区別して「東ローマ帝国」または「ビザンチン帝国」、あるいは「中世ローマ帝国」などと呼ぶ。

 ユスティニアヌス1世のときに領土は最大となったが、ササン朝ペルシャにシリアとエジプトをめぐって争い、新たに登場したアラブに奪われる。さらにコンスタンティノープルを包囲されるが撃退に成功した。

 やがてトルコ系のセルジューク朝の脅威が高まり、ローマ教皇と西欧諸国に救援を依頼。十字軍が結成される。しかし第四回十字軍は突如コンスタンティノープルを襲撃して占領してしまう。臨時政府のニケーア帝国はコンスタンティノープルの奪還に成功するが、もはやビザンチン帝国の衰退は明らかとなり、オスマンに滅ぼされた。

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