世界史Civ事典

インカ

インカ文明
オリャンタイタンボの遺跡 ©Bernard Gagnon

文明特性

アンデスの大道

指導者

指導者 Civ1 Civ2 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 年代
パチャクティ - - - - ?~1471年
ワイナ・カパック - - - - - ?~1527年

主要都市

  1. クスコ
  2. ティワナク
  3. マチュ
  4. オリャンタイタンボ
  5. コリワイラチナ
  6. ワマンガ
  7. ヴィルカス

好みの社会制度

  • 世襲統治(ワイナ・カパック)

好みの宗教

世界遺産

世界遺産 Civ1 Civ2 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 所在都市名
マチュピチュ           マチュピチュ

自然遺産

  • なし

特殊ユニット

特殊ユニット Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 相当ユニット
チャスキス斥候 - -   斥候
ケチュア戦士 - -   戦士
投石兵 - -   弓兵

特殊建造物

特殊建築物 Civ3 Civ4 Civ5 Civ6 相当建築物
棚田 - -   地形改善
棚畑 - -   穀倉庫

インカの歴史と文化

 インカ帝国の正式名は「タワンティン・スウユ」。タワンティンは「4」、スウユは「地方」という意味で、帝国は4つの地域に分けられ、首都クスコへの街道が整備されていた。

 ケチュア族が13世紀頃にクスコ王国を築き、15世紀に宿敵のチャンカ族を破り周辺を征服。パチャクティの時代に領土を大きく広げ、クスコ王国はインカ帝国となった。インカ帝国はワイナ・カパックの時代に最盛期を迎えた。1532年にスペイン人のピサロに滅ぼされた。

ピサロによる征服

 フランシスコ・ピサロはスペインの軍人で、黄金郷(エル・ドラード)伝説を耳にして、南アメリカを探検。インカ帝国に到達すると、インカ帝国こそがエル・ドラードだと考えた。いったん帰国したピサロはカール5世からインカ征服の許可を得て、186名の兵士を連れてパナマに向かった。

 インカの皇帝アタウワルパはスペイン人の侵入に対し、平和的な解決を望んだ。両者は会談し、ドミニコ会修道士はアタウワルパにキリスト教への改宗を要求した。アタウワルパが聖書を投げ捨てると、スペイン兵は一斉に攻撃を開始し、アタウワルパを捕虜としたのだった。

 アタウワルパ解放の条件として、ピサロは黄金と銀を受け取った。しかし彼は皇帝を解放する気はなく、処刑してしまった。皇帝を失ったインカは抵抗を見せず、ピサロはクスコに入城した。クスコの神殿や宮殿を破壊し、金銀財宝を奪い、インカ帝国を滅亡させた。

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