世界史Civ事典

アステカ帝国の滅亡

 アステカ帝国を滅ぼしたのは、スペインのコンキスタドール(探検家)、エルナン・コルテスである。

 アステカ人は12世紀頃からメキシコ盆地に定住し、テスココ湖の小島にテノチティトランを建設して周辺国を従えていた。ちなみにアステカ人はモンゴロイド(黄色人種)である。1万2千年前にアジアから移り住んだとされる。

モンテスマ2世の歓迎

 黄金を求めて新大陸にやってきたコルテスは、アステカ帝国の支配に不満を持っていたトラスカラ、テスココと同盟を結び、首都テノチティトランを目指した。

 アステカ帝国の皇帝モンテスマ2世は、コルテスらを神の使いだと思っていた。なぜなら、この年はアステカ神話の神ケツァルコアトルが帰還する年だったからである。モンテスマ2世はコルテスを歓迎し、テノチティトランの神殿を案内した。

 コルテスは隙を見てモンテスマ2世を捕らえ、幽閉した。コルテスはトラスカラやテスココを味方につけていたから、このままアステカ帝国を支配することができると考えていた。

 コルテスが首都を離れているうちに、テノチティトランではアステカ人が生け贄の儀式を始めていた。コルテスの部下はその残虐さに驚き、儀式を止めさせて神官と貴族を殺してしまった。

 怒った民衆は王城を包囲した。コルテスは民衆を鎮めるため、モンテスマ2世に説得させることにした。モンテスマが民衆の前に立つと、市民から石を次々と投げつけられた。モンテスマは石を頭に受けて負傷し、翌日には死んでしまった。

アステカの滅亡

 アステカ人は新たな皇帝を立てて、団結を強めた。

 1521年、コルテスは総勢5万のスペイン・トラスカラ・テスココ連合軍を率いてテノチティトランを包囲した。テノチティトランは3か月の抵抗の末、陥落した。

 皇帝は処刑され、アステカ帝国は滅亡。スペインに併合されたのだった。