世界史Civ事典

重複した都市名

 シヴィライゼーションでは別の都市のように扱われているが、実は同じ都市を指しているものがある。あなたはいくつ気づくことができるだろうか。

日本の都市名

 日本人なら最初に気づくのが、日本の都市名だ。

 シヴィライゼーション4と5で、日本の4番目の都市は「薩摩」、そして5番目の都市は「鹿児島」になっている。

 あくまで都市名なので、4番目の都市は薩摩市、5番目の都市は鹿児島市、ということになる。「鹿児島市」は鹿児島県の県庁所在地で、鹿児島城もある歴史ある都市だ。

 一方、現在の日本には「薩摩市」という名前の市町村は存在しない。「薩摩川内市」と「さつま町」は存在する。だが、どちらも日本を代表する大都市だった時代はない。さて、薩摩市とはいったいどこのことを指しているのか。

 最も考えられるのが、「薩摩市」ではなく鹿児島県の旧国名である「薩摩国」や「薩摩藩」を指しているという説だ。薩摩藩は西郷隆盛や大久保利通を輩出した地域で、日本史でも重要かつ有名な藩である。

 「薩摩」が薩摩藩を指しているとしたら、都市名が重複していることになる。薩摩藩の居城は鹿児島市にあったからである。

 というわけで、「薩摩」と「鹿児島」はどちらも「鹿児島市」を指しているので、完全に重複してしまっている。

ふたつの文明の首都を兼ねる都市

コンスタンティノープル
文明の交差点、コンスタンティノープル

 世界史ではもっと有名な都市が、堂々と重複している。それも首都として。

 ヨーロッパとアジアの境界に位置するイスタンブールは、古代から交通の要衝として栄えてきた。ローマ帝国の時代も、ビザンチン帝国の時代も、オスマン帝国の時代も。

 ローマ帝国時代、この都市は「ビザンチウム」と呼ばれていた。

 ローマ帝国末期、コンスタンティヌス帝は首都をビザンチウムに移した。このとき、ビザンチウムは「コンスタンティノープル」という名前に変更された。そう、ビザンチン帝国の首都である。

 ビザンチン帝国の首都コンスタンティノープルはオスマン帝国に占領され、イスタンブールと改称された。それからオスマン帝国はイスタンブールを首都に定め、イスタンブールは世界都市として繁栄する。

 それから約千年後、ビザンチン帝国はオスマン帝国に滅ぼされた。メフメト2世は首都をコンスタンティノープルに置き、名称をイスタンブールに変更した。

 つまり、シヴィライゼーションでビザンチン帝国の首都として登場するコンスタンティノープルと、オスマン帝国の首都として登場するイスタンブールは同じ都市を指している。

 ビザンチンとオスマンが同時に登場するとき、それぞれ首都は別の場所に建設される。変な話である。

 ちなみにシヴィ3ではローマの都市名として「ビザンチウム」までが登場する。ということは、同じ場所にあるはずの都市が3カ所に別々に存在することになる。

ビザンチンとオスマンの主要都市

 ビザンチン帝国とオスマン帝国は同じような地域を支配する帝国だったため、都市の重複がとても多い。ビザンチンの主要都市はオスマンの主要都市となっている。

 下の表は、オスマン支配によって名称が変更された都市である。

ビザンチン文明 オスマン文明
アドリアノープル エディルネ
ニケーア イズニク
アンキュラ アンカラ
ニコメディア イズミット

ケルトの都市とヨーロッパ

 他にも重複した都市名がある。

 ケルトの都市に「ロンディニウム」と「ルテティア」という名称の都市があるが、これはローマ時代の呼び方で、それぞれ現在の「ロンドン」、「パリ」のことを指す。

 ケルト人は現在のイギリス、フランスのあたりに多く住んでいたので、シヴィライゼーションでも被ってしまうことが多いのである。

 ただし、近作では都市名の重複を極力避けるようにしているらしく、ケルトの都市名から「ロンディニウム」や「ルテティア」が消えている。

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